ピラティスの知識、正確な情報だけ広めていきましょう

ピラティスの歴史についてどれだけ知っていますか?


現在はインターネット社会で情報が溢れています。
その中から正しい情報を見つけられればいいですが、間違っている場合も多く見られます。
これからジョセフ・ピラティス氏のライフワークであったメソッド、指導者として伝えている「ピラティス」について簡単なクイズをいくつか出題します!

 

① ジョセフ・ピラティス氏の生誕地は:

  1. ドュッセルドルフ、ドイツ
  2. メンヒェングラードバッハ、ドイツ
  3. ロンドン、イギリス
  4. ニューヨーク、アメリカ

② ジョセフ・ピラティス氏の誕生日は:

  1. 1880年12月9日
  2. 1882年12月9日
  3. 1883年12月9日
  4. 1980年12月9日

③ ジョセフ・ピラティス氏は以下の職についたことがある:

  1. ボクサー
  2. サーカスパフォーマー
  3. 身体鍛錬(体育)のディレクター
  4. 上記全て
  5. 全て当てはまらない

④ ジョセフ・ピラティス氏は:

  1. 一度も結婚していない
  2. Anna Clara Zuener(クラーラ)との結婚の前に1度結婚している
  3. Anna Clara Zuener(クラーラ)との結婚の前に2度結婚している
  4. 2度結婚したがAnna Clara Zuener(クラーラ)とはしていない

⑤ クラーラは

  1. 看護師であった
  2. 幼稚園の先生であった
  3. 身体鍛錬(体育)のアシスタントであった
  4. ダンサーであった

こちらはピラティスの歴史を纏めたアニメーションです。
とても分かりやすく、上記のクイズの答えもいくつか分かります。


答えは以下の通りです:

① 2
ジョセフ・ピラティス氏はメンヒェングラードバッハという、ドュッセルドルフから南に33キロ離れた小さな街で生まれました。誕生した家があった場所には現在記念碑が飾られています。

② 3
1880年と書かれている記事や書物が多いですが、出生証明書も発掘されて1883年と記載されていました。ニューヨークタイムズ紙もジョセフ・ピラティス氏は86歳で亡くなったと書いたそうですが、実際は83歳です。

③ 4
ジョセフ・ピラティス氏の家族はボクシングジムを持っていて、そこのポスターには選手として写っていたそうです。ボクサーとしてトレーニングと同時にサーカスのパフォーマーとしても働いていました。1929年にアメリカ国籍の申請をした時に職業を体育のディレクターと記載したものが残っています。

④ 4
これは一番知られていないかもしれません。1905年にマリアさんと結婚し、女の子の子供がが1906年に産まれています。第一次世界大戦から帰国後エルフリードと1919年に再婚。ジョセフ・ピラティス氏がアメリカに渡った時にエフルリードはドイツに残りました。
クラーラとジョセフの婚姻届は見つかっておらず、クラーラがアメリカ国籍を1933年に申請した時も「未婚」となっていたようです。書面はなくてもジョセフとクラーラは「ピラティス夫婦」として幸せに暮らしていました。

⑤ 5
クラーラが看護師だったと書かれているのをよく読みます。おそらくクラーラの指導する時に着用している格好からの誤解であると思われます。アメリカに渡った時に書いた職業は"household"、すなわち家政婦としています。


ピラティスを伝えていく者として、正しい情報を広める責任があります。
皆さんは何問正解でした?
パート2に続きます。

 

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